ニュージャージー

失われる日付・曜日感覚、季節感も

駐夫です。

きょうは渡米後、ずっと思っていたことについて。

「仕事をしていないと、日付、曜日が分からなくなる!!」

f:id:Americalife:20181011120312j:plain

 ほぼ2週間単位で作成するToDo予定表。スケジュールはこれから書くところ

働いていたころは、「政府は〇日、・・・・」「〇〇していたことが△日、明らかになった」などの文章を毎日、書いていた。当然ながら、その日その日の日付を把握していた。仕事をする上で、スケジュール観が重要でもあり、常に頭の中にはカレンダーがあった。日付だけでなく、曜日も同様だった。

主夫となった今はといえば、この感覚をキープするのは困難だ。毎朝、新聞を乱読し、テレビ、ネットのニュースを一日中チェックしていた生活から、時計を付ける必要もない暮らし。

常に時間に追われていた日々から、時間を追い求める毎日に変化こそしていることは素晴らしいことではある。

ただ、「今日は何日だっけ」「〇曜日じゃなかった、×曜日だ」ということは数知れず。そんな時、正直不安になる。「時間に取り残されていないだろうか・・・」と。

いつを生きているのか、一瞬といえども分からなくなる。浮かんでこなくなる。

これって、考えてみれば恐ろしいことだ。

海上で漂流している日々、刑務所で過ごす毎日。これらは変化のない生活なのだろうか。

昔何かで読んだが、単純作業が続く工場では、週の初めの月曜日はベルトコンベヤーのスピードは遅いが、曜日が進むに従って、速くなっていくようだ。一種の曜日感覚を掴ませる術だろうか。

大海原の上で過ごす海上自衛隊は、毎週金曜日、必ずカレーを出す。鍛え抜かれた屈強な男性、女性でも曜日感覚を失ってしまうためだ。

翻って、駐夫の話。

ともすれば、ベタッと同じ日々が続いていってしまう。家事に育児は、常にやること満載だ。その中でも、なるだけ多くの予定を入れ、生活にスパイスを注入してみる。趣味を満喫すべく、野球観戦や教養の時間などを埋め込んでいく

あるいは、次の旅行まで、親族・友人が遊びに来るまで。こうしたビッグイベントを見据え、逆算してスケジュールを組む。自ずと準備することも決まってくるし、メリハリも出てくる。

最近は、子どもが連日習い事をしているため、その習い事を日々の柱に据え、曜日感覚をキープしている。かろうじて、キープできている。とはいえ、自分の予定が軸ではないのだ。正直、もどかしい。

記録も兼ねて、昨年12月の渡米時から約2週間単位で手書きのスケジュール表を作成している。後々、米国生活を振り返る意味でも重要だ。手帳に記す日記をまとめて書くときも重宝している。

週の始め、月の初めなどの節目には、自らを振り返り、今後の目標、指針を必ず打ち出すようにしている。そうでもしないと、ダラダラ生活になってしまう。

仕事と違って、やるのが当たり前、やらなかったら糾弾される主夫、主婦の家事・育児。決して、誰にも褒められることないため、達成感をなかなか見出しにくい。

世の主婦、主夫の皆さんも、日付感覚・曜日感覚は失われていったのだろうか。