駐夫・主夫としての心境

駐夫が、自分の居場所を確保するには

駐夫です。

久しぶりの更新になります。

寒さが大の苦手ということもあり、このところ、引きこもりの日々が続いている。気を奮い立たせようとすればするほど、空回り。まあ、こんな時もあるさということで、春が来るのを待ち望むばかりだ。

駐夫になって1年と2カ月。この間、多くの出会いがあり、自分の居場所、居住空間を見つけることができた。自分の部屋ができた、とかそういうことではなくて、交友関係、交際範囲という意味での居場所。これに失敗すると、異国ライフが散々なものになりかねなかったかもしれない。

妻は仕事があるので、家族の中でも、いち早く知り合いができた。

子どもたちも、学校があるので、友だちは日に日に増えていった。

では、駐夫はどうしたか。

実を言うと、渡米当時、NYにもともとの知り合いが10人程度いた。自社の後輩、他社の記者仲間、東京時代の取材先、サークルの後輩ら。順次、日本に本帰国しているが、まだ何人か残ってくれている。本当にありがたい。

上陸時、彼、彼女らがいてくれたということで、どれだけ心の支えになり、どれだけ助けられたことか。「はじめまして」の名刺交換、自己紹介から始まる必要がない間柄。ただでさえ心細くなる異国、しかも生存競争が激しい米東海岸で、歓迎会を開いてくれた方々が迎えてくださり、スタートダッシュに成功できた。

その後は、彼、彼女らが次々と友達を紹介してくれたのをはじめ、大学同窓会組織を通じた先輩、後輩との交流、高校同窓会組織で知り合った先輩。趣味のゴルフやテニスのサークル、地元図書館のESL、子どもの学校の関係、英会話学校などをきっかけに、知り合いや飲み友達が増えていった。

仕事がある妻(ないしは夫)、学校がある子どもと違って、駐夫や駐妻は自分から居住空間を求め、友人を開拓していかないといけない。これって、実はかなりハードルが高いことだと思う。

前述の通り、幸いにして、私の場合は元々の知り合いが多くいてくれたため、本当に救われた。彼、彼女らがいなく、すべてゼロから開拓する必要があったら、渡米生活の最初は苦しいものになったはずだ。

ひょっとしたら、すべてが嫌になり、精神的に病んで、ひとりで日本に帰っていたかもしれない。友人、知人、知り合いと、いつどこで再会するか分からない。一期一会だ。

私のケースは、再現性に乏しく、あまり参考にならないかもしれない。

今年の目標は、日本人以外の知り合いをたくさん作ること。数年後、本帰国となっても、米国に遊びに来た時、ウェルカム、ハートウォーミングで迎え入れてくれる友達ができれば、言うことなし。