2020年の出来事

家族と24時間一緒にいるなんて二度とない 変わりゆく世界に、思いを馳せる

 駐夫です。

 筆者の暮らす米国東海岸では、不要不急な外出は禁じられ、街からは人が消えました。子どもの学校はすべて休校となり、妻は在宅勤務を続けています。必要最小限以外の店舗はすべてクローズされ、飲食店はテイクアウトか配達のみの営業を余儀なくされています。

 常に煌びやかで一日中人が絶えない、あのタイムズスクエアはゴーストタウンと化しています。世界中から人が集まるニューヨークはひっそりとし「この世の光景なのか」と信じがたい空間が広がっています。

 合衆国大統領、NY州知事、ニュージャージー州知事は連日、記者会見に臨み、国民、市民、住民に多くのことを訴えています。好き嫌いはあれど、リーダーが顔を出し、力強いメッセージを発出することで、どれだけの人の心が救われることか。そのプラスの影響は計り知れないものがありましょう。

 世界は変わってしまいました。

 残念ながら、もはや後戻りできないでしょう。

 これまで、人類はあらゆる病苦と闘い、叡智を結集して、打ち勝ってきた。今回もそうなるはずだと確信するしかありません。

 さて、、、

 家族4人がひとつ屋根の下で、24時間一緒に暮らす生活がいきなり始まってから、10日が過ぎました。これまでの米国での2年間、妻は会社へ、子ども2人はそれぞれの学校へ、そして私は家を守るのが常でした。

 日本時代は、私と妻は会社へ、子どもは保育園へ。妻が育休中は私は会社へ、私が育休中は妻が会社へ。日中、家族が全員揃うということは、これまでありませんでした。 

 それが今は、、、家族といつも一緒です。ひとつ屋根の下で、同じ空間にいながら、朝、昼、夜のごはんを一緒に食べ、それぞれ同じ生活ペースを守っています。こんな濃厚な時間を過ごせること、これまでありませんでしたし、この先、もはや二度とないに違いありません。

 そして、そんな何気ない毎日がとてつもなく幸せです。ただただ、かけがえのない日々です。

 

 そもそも、逡巡の末、最後は「家族は一緒にいた方がいい」と思い、異国で駐夫になることを決断しました。

 とはいえ、実際に暮らしが始まると、一緒にいられるはずがありません。朝は、それぞれが米国での新しい居場所に散り、午後・夕方になると、再び家に戻ってくる。わが家族にとっても、そんな生活こそが日常のことでした。

 「当たり前のことを当たり前」と認識するには、当たり前ではないことを経験してみて、初めて比較でき、相対化することで、当たり前だと認識することになります。

 今回の例で言えば、当たり前=家族は日中一緒にいない、当たり前ではない=家族が24時間一緒にいる、、ということになります。

 当たり前ではない生活が始まり、オンライン授業に移行した子どもの学習に付きっ切りとなり、その間、家事もすることで、これまで確保していた自分の時間というものが激減しました。すっかり、ペースを崩され、最初の数日間は、イライラの対象が家族に向かい始めていた面がありました。

 しかし「当たり前ではない今の生活は、この先あり得ない」ということに気付いてからは、イライラすること自体がアホらしくなりました。

 そう、すべてを前向きに捉えられるようになりました。

 外に自由に出られないストレスこそありますが、家族一緒にいればやり過ごせます。

 妻は合間を縫って、家事を手伝ってくれます。子どもは家中を走り回り、勉強よりも遊びにシフトしています。低学年に対し、誘惑の多い自宅で集中を求めるのは酷というものです。

 勉強し、本を読み、執筆するといった時間は削られていますが、どこか満たされている自分がいます。妻とは色々な話をする時間がたっぷりあります。子どもと遊ぶ時間は限りがないかのようです。米国で人気なボードゲームを多数購入し、家族4人でワイワイ楽しむのが快適です。子どもの普段の学習ぶり、先生との接し方などは初めて知ることにもなりました。

 子どもは成長し、いずれ、親よりも友達、家族旅行よりも部活という流れにシフトしていくはずです。そして、いつの日か親元を巣立つ日が訪れます。親が味わった思いを、親となった私が感じる瞬間は、一歩一歩確実に近づいています。 

 

 今回のことが終われば、家族は再び、それぞれの居場所に戻ることになります。つまり、24時間一緒にいる生活は、終わります。

 突然訪れた幸せをじっくり噛みしめながら、どれだけ続くか分からない、当たり前ではない日々を、味わい深く歩んでいこうと思います。

 

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ちゅうおっと
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