このブログの出発点である「駐夫」という言葉について、あらためて記しておきます。
駐夫(ちゅうおっと)とは、配偶者の海外赴任に帯同する男性のことです。
「駐在員の妻=駐妻(ちゅうづま)」に対する言葉として、2017年に私がつくり、世に放ちました。このブログのドメインが chu-otto なのも、そのためです。
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駐夫の読み方は「ちゅうおっと」
「ちゅうふ」と読まれることがありますが、正しくは「ちゅうおっと」です。
この言葉は「駐妻(ちゅうづま)」との対で生まれました。妻が「つま」と読まれるなら、夫は「おっと」でなければ対になりません。音の並びまで含めて、ひとつの対語としてつくったものです。
「駐在夫」、「駐在員夫」と表記されることもあります。意味は同じです。
なぜ「駐夫」という言葉をつくったのか
2017年、妻の米国赴任が決まりました。
当時、私は共同通信社の政治部記者でした。首相官邸や自民党、外務省や国会などを担当し、二度の政権交代を現場で取材してきました。その仕事に誇りを持っていましたし、自分は生涯この仕事を続けるのだろうと思っていました。
同行するか、日本に残るか。悩んだ末に同行を決め、会社の休職制度を男性として初めて利用し、二児とともにニュージャージー州へ渡りました。
ところが、現地に着いて、最初に困ったことがあります。
自分を説明する言葉がなかったのです。いわゆる、アイデンティティロス、アイデンティティクライシス。自分が、どこの何者なのかが分からなくなりました。
同行してきた妻たちには「駐妻」という言葉があります。呼び名があるからコミュニティが生まれ、情報が集まり、同じ立場の人がすぐ見つかる。
ところが夫の側には、呼び名そのものが存在しませんでした。自己紹介の場面で出てくるのは「〇〇さんのご主人」「〇〇ちゃんのパパ」。自分を指す言葉が、誰かとの関係でしか成立しない。それまでは「共同通信の小西」と名乗っていたのにもかかわらず、肩書きも名刺も喪失したのです。
名前のないものは、いわば社会に存在しないことになります。
「だったら、新たな言葉を名乗って、肩書きにしてみるか」。
この瞬間、検索で1件もヒットしなかった造語=駐夫が誕生したのです。
駐妻と駐夫は、置かれている状況が違う
同じ「帯同配偶者」でありながら、駐妻と駐夫の環境はかなり異なります。
駐妻には、赴任先ごとに確立されたコミュニティがあります。先輩がいて、学校や病院や買い物の情報が蓄積されていて、初日から頼れる相手がいる。一方の駐夫は、赴任先に同じ立場の人がひとりもいない、ということが珍しくありません。
周囲の反応も違います。妻が夫に帯同すれば「当然のこと」として受け取られますが、夫が妻に帯同すると「よく決断されましたね」と言われます。同じ行動なのに、返ってくる言葉が違う。
この非対称そのものが、日本社会の性別役割分業意識を映し出しています。
「男性は稼ぐもの、女性は支えるもの」。その前提が崩れた瞬間に、周囲は戸惑い、当事者は説明を求められます。
駐夫は何人いるのか
正確な人数は、わかりません。
海外赴任者の帯同配偶者を性別で把握した公的統計が存在しないからです。駐妻が何人いて、駐夫が何人いるのか、日本国政府として算出していません。
数えられていないということは、政策の検討対象になっていないということです。支援制度をつくろうにも、そもそも母数が把握されていない。私が研究者としてこの領域のデータを集めている理由も、そこにあります。
確かなのは、共働き世帯が多数派となり、女性の海外赴任が増えている以上、駐夫は着実に増えているということです。
私が2018年に立ち上げた「世界に広がる駐夫・主夫友の会」は、いまや20か国以上、250人を超える規模になりました。立ち上げた当初は、同じ立場の人が世界のどこかにいるのか、それすら分からない状態でした。
駐夫グループを立ち上げた理由
当時、女性活躍という言葉が日本国内で頻繁に使われていました。そのワードには今も違和感を拭えません。それはともかく、先を見据えると、企業・団体で活躍する女性が増えるということは、女性海外駐在員が増えると推察しました。
そして、女性海外駐在員の傍らには、夫がいる。その夫が妻に同行することで、駐夫が増加しないはずがないと見立てたのです。
渡米した直後の私を襲ったのは、激しい葛藤です。と同時に、激しい孤独に陥りました。
日本を離れ、太平洋を10数時間渡ったという「物理的な孤独」。それ以上に、味わったのは「精神的な孤独」です。先述したように、周囲に同じ境遇の人がいない。相談できる相手も近くにいない。こちらは、かなり厄介な存在でした。
「世界のどこかに、私と同じような境遇に置かれ、私と同様に精神的な孤独にさいなまれてる日本人男性がいるに違いない。女性活躍の流れとともに、そうした男性は今後さらに増えるはずだ。世界中に、同じ状況の日本人男性がいると分かるだけで、頑張れるのではないか」
「男子たるもの、なかなか本音を打ち明けるのは不得手だ。しかし、ガソリン(酒)が媒介すれば、同じ境遇同士で話は弾むだろう。同じエリアにいる人たちが集まって、飲み会につながれば、こんなに嬉しいことはない」
そんな思いに至り、渡米から10カ月ぐらいが経過した2018年秋、facebook上にクローズのグループ「世界に広がる駐夫・主夫友の会」を立ち上げました。
立ち上げ当初は4人。連日連夜、SNSを巡回し、駐夫っぽい人を見つけるや「スカウト」を繰り返し、同志ネットワークを拡大していきました。執筆していたネットメディア記事のほか、大手新聞社の記事に取り上げられ、知名度がアップしたこともあり、人数はどんどん増え、世界5大陸250人のネットワークに成長しました。
代表・ファウンダーとして、世の転変に感慨深いものがあります。
駐夫になるとき、仕事はどうするのか
配偶者の海外赴任に同行すると決めたとき、仕事の扱いには大きく3つの選択肢があります。
退職する
帰国後のキャリアが白紙になるため、負担は最も大きくなります。数年後に同じ水準の仕事へ戻れる保証はどこにもありません。
退職後、現地企業に就職する駐夫もいます。ただし、これが可能となるのは妻側の企業が配偶者の現地就労を認めていることに加え、滞在国が就労を認めている(ビザを発行する)場合に限ります。前者は、ビザの関係、納税処理が煩雑になる等々が理由とされています。
しかし、共働き世帯が専業主婦を上回って久しい今、同行する女性のスペックは格段に向上しています。日本で働いていた妻が現地就労したいのにもかかわらず、夫側の組織の論理で働けないという状況が生まれます。もちろん、夫の場合も同様。
つまり、企業・団体の建て付けが専業主婦(夫)時代のまま、置き去りにされているのです。配偶者・パートナーの海外赴任に同行した暁には、現地で奮闘する夫を支え、家事・育児に専念する。明らかに、旧時代の悪しき産物です。
休職制度を使う
配偶者の海外赴任に伴う休職制度を設けている企業は、少しずつ増えています。
ただし制度があっても、男性の利用例がないために事実上使いにくい、というケースが目立ちます。私自身、社内で初めての男性利用者でした。前例がないというだけで、申請のハードルは驚くほど上がります。
まずは就業規則を確認してみてください。あるのに知られていない、という会社は少なくありません。
リモートで働き続ける
コロナ後、現実的な選択肢になりました。ただし、前述の通り、赴任先の就労ビザの種別によっては、現地での就労とみなされて制約を受けることがあります。事前の確認が欠かせません。
駐夫が直面すること
肩書きを失う
名刺がなくなります。それまで仕事で築いた評価も人間関係も、一度ゼロになります。稼いでいない自分を受け入れることが、想像以上に難しいものがあります。
孤立する
相談相手がいません。駐妻コミュニティには入りにくく、かといって現地で働いているわけでもない。日中、家に一人という日が続きます。自ら、境地を切り開く必要性に迫られます。
キャリアが中断する
帰国後、どう再開するのか。数年のブランクをどう説明するのか。この不安は滞在中ずっとついて回ります。
これらは個人の心の弱さの問題ではありません。男性が働き続けることを前提に設計された社会の側に、受け皿がないという構造の問題です。
それでも、駐夫になってよかったと言えること
私自身は、駐夫になったことで人生が変わりました。
家事と育児に全面的に関わったことで、それまで見えていなかったものが見えるようになりました。キャリアが一度止まったことで、一直線に進む以外の生き方があると知りました。帰国後に大学院へ進み、修士号を取り、いまは大学教授として研究・教育活動に取り組んでいます。
政治記者を続けていたら、まず起きなかった展開です。
キャリアの中断は、終わりではありません。単線だった男性のキャリアを複線にする入り口にもなり得ます。
駐夫という選択肢が、そのロールモデルになればと考えています。
駐夫に関する「質問あるある」
駐夫の読み方は?
「ちゅうおっと」です!!。「ちゅうふ」ではありません。
もう一度、声を大にして言います。ちゅうおっとです!
駐夫と駐在夫、駐在員夫は違いますか?
同じ意味です。表記の揺れとお考えください。
誰がつくった言葉ですか?
2017年、私・小西一禎(当時・共同通信政治部記者を休職中)がつくりました。駐妻に対する語としての造語です。
駐夫は何人いますか?
公的統計がないため、正確な人数は不明です。
駐夫になると仕事はどうなりますか?
退職・休職・リモート継続の3つが主な選択肢です。休職制度の有無は、まず就業規則を確認してください。
同じ立場の人とつながりたいのですが
「世界に広がる駐夫・主夫友の会」があります。20か国以上、250人を超えるメンバーが参加しています。これから駐夫になる方の参加も歓迎しています。
どうぞ、お気軽に訪れてください。https://note.com/chuotto
書いた人
小西 一禎(こにし・かずよし) 千葉科学大学 危機管理学部 教授/ジャーナリスト
1972年生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、共同通信社入社。政治部で首相官邸、自民党、外務省、国会などを担当。2017年、妻の米国赴任に伴い会社の休職制度を男性として初めて利用し渡米。「駐夫」の名づけ親。「世界に広がる駐夫・主夫友の会」代表・ファウンダー。在米中、コロンビア大学ウェザーヘッド東アジア研究所客員研究員。2023年、法政大学大学院で修士(政策学)取得。2025年より現職。著書に『妻に稼がれる夫のジレンマ』(筑摩書房)。
※このブログは更新を終了しました。長らくご覧いただきありがとうございました。現在は小西一禎 公式サイトで発信しています。過去の記事は引き続きお読みいただけます。
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